「Snow Queen 1」
あくまのつくったかがみは、ねじまがり、てんからおちてこなごなになってしまいました。
そのかけらはいくつもいくつも、せかいじゅうにちらばりおちました。
「向こうに行っても、元気でいろよっ」
乱暴な言葉遣いでも伽月の悲しみは十分伝わってくる。
「すまない・・・豊、俺の力が至らなかったばかりに」
九条総代が肩を落とすので、豊はあえて微笑を返した。
「大丈夫です」
それは半分本心で、半分彼らを安心させるための嘘だった。
「交歓留学って言っても、うちと月詠は姉妹校だし、ずっと向こうに行ってるわけじゃないですから」
風間師範がねじ込んだ天照館と月詠学園の交歓留学生は、こちらからは秋津豊を選出することとなった。
一番能力値が未知数で、誰の転生ともわからない「俗」の中から選び出されたのである。
「秋津さん、出会ったばかりなのに・・・本当に残念です」
名残惜しんでくれる榊原に、豊はありがとうと握手を交わす。
「豊、向こうでも励めよ」
九条総代は何度も何度も肩を叩いてくれた。これ以上引き止められたら本当に辛くなってしまいそうで、豊はくるりと踵を返した。
「それじゃあ皆、元気で」
そして歩き出す。片手には中くらいのスポーツバックを提げていた。
日用品やその他もろもろ、全て月詠学園の寮にすでに送ってある。
これから数ヶ月、慣れ親しんだ天照館から離れて、都会で暮らすのだった。
浮かんでくる不安を振り払うようにして、豊は歩く速度を速めていった。
都会の空気は悪い、とつくづく思う。
ずっと天照館で暮らしていたから、豊にとってここは馴染めそうにもなかった。
六本木の駅で何度も地図を確認していると、背後から急に声をかけられた。
「秋津豊君か?」
振り返るとブレザー姿の青年が立っている。
背丈は豊とほとんど同じくらい、薄いブルーのブレザーに整った顔立ち、なにより銀色の髪が目を引いた。
色素の薄い瞳は、陽に透けるとうっすら金色にすら見える。
まるで異形の、天魔のようないでたちの男だと思った。
「はい、そうですけど」
あなたは、と聞き返す前に、男が簡単な自己紹介を述べる。
「俺は飛河薙、月読学院高等部SG科2年B組、君を迎えに行くよう命を受けた」
「月詠の生徒?」
薙はくるりと背を向けると、ただ一言「ついて来い」とだけ残してどんどん先に歩き出した。
豊はあわててその後に続く。
こちらを気にもしない素振りの彼は、随分冷たい印象だった。
(この背中、どこかで見たな)
ふと気付いた事柄に、おぼろげな記憶の糸を手繰り寄せてようやく思い出す。
以前行われた校外学習中のアクシデント、上野の美術館で、ペンタファングと名乗る一団と遭遇した。
あの時薄暗い館内で、すぐ出て行ってしまったけれど同じ後姿を見た覚えがあった。
「あの」
何とか追いつきながら、豊はその事を聞いてみる。
「あの、飛河さんは、ペンタファングの?」
途端、薙は足を止めて、くるりとこちらを振り返った。
「そうだ」
「あ、やっぱり、前に美術館で見かけたと思ったから」
「君の事も調査済みだ、資料も受け取っている、無用な話題など持ち出さずに歩け」
まるで機械のような対応に、豊はポカンと立ち尽くしていた。
この人は一体何なんだ。およそ、ごく一般的な人付き合いというものがまるで出来ていない。
(こんな人が討魔を?)
魔と戦うよりも彼自身の性格を何とかした方がいいのでは無いかと、余計な事すら考えてしまう。
前に見かけたほかのメンバーもそうだったが、月詠学園にはこんな生徒しかいないのだろうか?
改めて沸き起こる不安に、気持ちが沈むようだった。
「どうした」
「えっ」
気付くと薙が豊の正面に立っていた。
先に行ってしまったと思っていたので、ぎょっとして息を呑むと、冷たい眼差しが呆れ気味にこちらを見ている。
「何か他に所用があるのか」
「あ、いや、そんなことはないけれど」
「なら、グズグズするな、無駄はきらいだ」
そうしてまた歩き出すので、今度は慌てて後を追いかける。
この人と、仲良くなんてできるんだろうか・・・
ペンタファングは天照館で言う所の裏執行部みたいなものだと、九条総代から説明を受けていた。
こちらの事も調査済みと言うことは、豊が執行部の人間である事も知っているのだろう。
つまりが以後の月詠のお役目に自分も駆り出されるということだ。
(俺に、一緒に頑張れるのかなあ・・・)
益々不安が募ってくると、後は溜息しか出てこなかった。
これから共に戦う仲間であるはずの薙は、豊に話しかけることも、気遣うこともしない。
人ごみを除けながら歩く学園までの道のりの、見上げた空がやけに暗く、低く見えていた。